細いヒモ状の渦は,流体分野では大気中の竜巻や飛行機雲,海洋中の渦潮,洗面台や浴槽の栓を抜いたときにできる水中の渦,
リコネクションを起こす煙の渦輪,超流動ヘリウム中の量子渦糸などに見られます.
その他の分野においても,電気電子分野では超伝導体中の量子渦糸,
材料分野では結晶中の格子欠陥(転位)や高分子溶液中の高分子,素粒子分野では素粒子のスーパーストリング(超ヒモ,超弦),
宇宙分野ではリコネクションを起こす太陽フレア磁場や地球磁場,核融合分野ではプラズマ閉じ込め磁場などにも,
正確には渦と呼んでよいかどうかはわかりませんが,類似したヒモ状の構造が考えられていたりします[1].
このように様々な異なる分野で似たような構造や現象が見られる理由を,流体力学の立場からシンプルに考えてみると,
アナロジーと相似則の存在が思い浮かびます.例えば流体力学と電磁力学の間にはアナロジーがあるために,
渦度場の中にも磁束密度場(磁場)の中にも同じような渦が存在しうるということ.
そしてまた相似則があるために,支配方程式や支配パラメータなどの条件が整えば,
相似な構造や現象がミクロな素粒子スケールあるいは原子スケールからマクロな宇宙スケールまで見られてもおかしくはないということ.
これらの理由などもあって,様々な異なる分野においても似たようなヒモ状の構造が普遍的に見られるのではないかと思われます.
そのような細いヒモ状の渦は,流体力学では渦糸と呼ばれています.
そして一般的な渦糸の運動はビオ・サバールの法則で決められますが,
興味深いことに,ある近似の下での渦糸の運動は非線形シュレーディンガー方程式で記述され,
その方程式の解として,渦糸に沿って伝播するラセン状の孤立波(ソリトン)が存在することも知られています[2].
これが渦糸ソリトンあるいはハシモト・ソリトンと呼ばれているソリトンです.
渦糸や渦糸ソリトンが従う方程式やその解の数理的な側面については,これまでに様々な研究者が詳細に調べてきており,
次第に明らかになってきています[3].しかし渦糸ソリトンが実際にどのような場に現れ,どのような役割をするのか,
そしてどのように役立つのかというような物理的あるいは工学的な側面は,わずかな例[4]を除いてほとんどわかっていません.
したがって,現在,この研究室で取り組んでいる研究テーマのうちのいくつかは,
ボルテックス・リコネクション,テイラー・クエット流れ,
ボルテックス・バースティングなどの流体現象や燃焼現象の中に渦糸ソリトンのようなラセン状の渦構造を見つけ出し,その役割を探ることを目標にしています.
さらに近い将来には,そのような1本2本の渦に関して得られた知見を統計熱力学的に拡張して,
もっとたくさんの渦が相互作用している大規模な乱流や乱流燃焼などの現象の理解や予測・制御にもつなげていきたいと考えています.
私たち独自の「アナロジー理論」と「渦原子モデル」のアイデア[5]によれば,一般的な物質のマクロな性質(例えばたくさんの原子分子からなる気体の物理的・化学的性質など)は,
ミクロな原子分子やそれらの中の電子波(量子力学的なシュレーディンガー方程式で記述される波)の振る舞いによって影響されることと類似して,
乱流のマクロな性質も,ミクロな渦糸やそれらの上の渦糸ソリトン(流体力学的なシュレーディンガー方程式で記述される波)などの振る舞いによって影響される可能性があります.
つまり実際の乱流場中や乱流燃焼場中での渦や渦糸ソリトンの役割を調べることは,
実際の物質中での原子分子や電子の役割を調べることと同じくらい,意義のあることかもしれないのです.
そのような研究は,どちらかと言えば,研究者の自由な発想・好奇心に基づいてシーズを生み出す基礎研究(サイエンス)に近い話で,
今すぐにモノづくりやおカネもうけに直結する話ではありませんが,中長期的に見れば,もちろん,
産業界や市場のニーズに応える応用研究(テクノロジー,エンジニアリング)への貢献も期待できます.
冒頭で述べたような様々な異分野や新分野への貢献も期待されますが,
例えば私たちが所属している機械システム工学分野の話では,自動車ボディ外部や航空機ボディ外部の空気の流れはほとんどが乱流状態で,
それらのピストン・エンジン内部やジェット・エンジン内部の燃焼ガスの流れもほとんどが乱流燃焼状態です.
同じく燃焼分野では,現在の発電電力の多くをまかなっている火力発電所のガスタービン・エンジン内部の燃焼ガスの流れもほとんどが乱流燃焼状態です.
つまり輸送機械やエネルギー機械に関連する流れの大部分は乱流で,時間的・空間的に変動する非常に複雑な渦流れになっています.
そしてそれを理解して予測・制御することは,工学的に重要な課題の一つとなっています.
現在の輸送機械やエネルギー機械にとっては,エネルギー変換効率の向上や環境負荷の低減をたとえ1%でも達成することが強く求められている状況を考えれば,
なおさら重要な工学的課題と言えます.
しかし乱流問題は,世界中の研究者たちが過去100年以上も挑戦し続けてきたのにもかかわらず未だに解決できていない難問中の難問です.
何の新しいアイデアも,何の新しい手がかりもなく,昔ながらの考え方だけで乱流や乱流燃焼の問題を解決しようとしても大した成果は得られないでしょう.
そこで,私たち独自の新しい「アナロジー理論」と「渦原子モデル」のアイデア[5]を試してみようということです.
まずは,乱流や乱流燃焼の基礎過程である1本2本の渦に関する問題を渦糸ソリトンなどに注目して調べることによって,
問題解決のための突破口を探ってみようということです.
その際,渦糸ソリトンのようなラセン状の渦の非定常3次元の振る舞いを詳細に可視化したり解析したりすることは,
実験的手法ではなかなか困難なので,主にコンピュータを用いた数値シミュレーションで行うことになります.
そして実際に,これまでの地道な研究によって,幾つかの興味深い手がかりが得られてきているところです.
以上で述べてきたような渦問題や乱流問題の解決に少しでも近づくことは,この研究室の目標の一つですが,
この研究室では,その他のさまざまな問題に対しても,過去の前例や現在の常識などにとらわれることなく,
世界でまだ誰もやっていないような独創的な研究をやろうとしています.
もちろん,そのような場合には,多少の間違いや失敗もあるかもしれません.
しかし,間違いや失敗を恐れず,チャレンジすることが大切だと私たちは考えています.
渦の話
本文
参考文献
[1] 高木隆司 (1988) など.
[2] H. Hasimoto (1972) など.
[3] Y. Fukumoto and T. Miyazaki (1991) などいろいろ.
[4] E. J. Hopfinger, F. K. Browand and Y. Gagne (1982) など.
[5] 篠田昌久 (1992-1996) など.
[2] H. Hasimoto (1972) など.
[3] Y. Fukumoto and T. Miyazaki (1991) などいろいろ.
[4] E. J. Hopfinger, F. K. Browand and Y. Gagne (1982) など.
[5] 篠田昌久 (1992-1996) など.